これまでは投資家保護の一環として投資会社(日本は証券会社)が株式の引き受けを行い、売り出し価格の決定などを担ってきましたが、最近では初値が公開価格の2倍以上となる上場案件が相次いでいます。
近年では、上場を目指す企業はプライシングの不正確さや高額な引き受け手数料が大きな負担となっており、、12月に予定されていたAffirm、Robloxは過度な強気相場への懸念から上場を延期するなど、市場構造の改善が必要とされてきました。
そのような中、米国では直接上場時に資金調達が行える案がSECに承認され、ニューヨーク証券取引所においてはテック系スタートアップ企業をはじめとして取引所に上場しやすい市場環境の整備が進行しています。
今回、直接上場と資金調達が同時に行えるようになったおかげで、企業の株式を有する投資家はロックアップ期間を経る事なく市場での売却が可能となり、VCやPEファンドエコシステムにも大きな影響を及ぼしそうです。
本稿では直接上場を検討している米国企業について解説し、今後の市場展望について考察していきます。
>>IPOが期待される20社のアメリカ・中国企業2021|経済安全保障(エコノミック・ステイトクラフト)と将来性
直接上場のメリット・デメリット

・メリット:引受手数料を支払わず上場が可能に。競争の促進。
・デメリット:投資銀行の収益減少。デューデリジェンス、投資家保護の見直し。ロックアップ期間がないことによるインサイダー取引、売却による株価の乱高下。
積極的にIPOを行いやすい市場環境が整備されることで、投資家のみならず、経営陣やストックオプションを持つ従業員も上場による利益を得やすくなることから「流動性の向上」といった意味でもNY証券取引所における直接上場の流れはナスダックや他の国々にも2021年には広まることが期待されます。
NY証券取引所が提案したオークションメカニズムは、参加する投資家に公正で効率的な価格設定を提供するように設計されています。一方、投資銀行や日本では証券会社が引受会社としての利益を享受できなくなることから未公開株式市場におけるARRの証券化など新たな収益源の確保にも注目が集まることでしょう。
これまでは大手テック企業へのM&Aが、スタートアップ企業のイグジット方法として主流でしたが、通信品位法230条の改正の議論「Does Section 230’s Sweeping Immunity Enable Big Tech Bad Behavior?」や各セクターの分解が2021年は進むことが予想されます。
中国でも国家統制の観点からアリババやテンセントへの規制強化の一環として独占禁止法が施行されるなど、米国/中国では国家を超越する企業が現れないような市場構造の構築も急務であると言えます。巨大資本への引き締めとともにスモールビジネスの活性化の流れが生まれることで、直接上場の有用性はさらに高まることが期待され、ニューヨーク証券取引所のステーシー・カニングハム社長は次のように述べています。
「これは資本市場のゲームチェンジャーであり、日常の投資家の競争の場を平準化し、企業がこの種のイノベーションを求めている瞬間に公開するための別の道を提供します」と述べています。
Nasdaqは、同様の直接上場提案をSECに提出し、今後は件数が増加するごとに市場での理解も広がることでしょう。これまでSpotify、Palantirなどが直接上場を選択しており、テック系スタートアップ市場の成長を促進する上では大きな転機となると考えられます。
>>IPO市場2021・フィンテック銘柄|アメリカ・スタートアップ企業が実現する金融のDX
直接上場は普及するのか?

これまで直接上場を実施した企業は4社にとどまっており、パランティアの事例では一部の投資家が売却を行えない事態に発展。このことから直接上場のデメリットを指摘する声もあり、2021年は各企業が直接上場のあり方を探るフェーズを経て、広く活用されるかの分岐点となることでしょう。
その中で、ビジネス用の経費管理システム開発企業Expensifyは2021年夏までに直接上場によって上場企業になることを目指しています。
Expensify の資金調達について
・時価総額
数十億ドル(2019年11月時点/シリーズC)
・沿革
2008年5月設立
・資金調達状況
資金調達ラウンドの数 6
総資金額 3,820万ドル
主要投資家数 4
投資家数 10
2018年6月11日 借入 1,100万ドル
2015年7月27日 シリーズC 1,700万ドル
2014年9月30日 シリーズB 350万ドル
2010年9月30日 シリーズA 570万ドル
2009年5月1日 シード 100万ドル
・最近の資金調達ラウンド参加投資家
CIBC
レッドポイント
OpenView
PJC
ヒルスベンキャピタル
Expensifyは従業員と企業の経費管理を効率化するソフトウェアを開発/提供しており、これまで2,720万ドルを調達し、2018年にCIBCから1,100万ドル借入を行なった以降、資金調達は実施していません。2019年時点で2億ドルから5億ドルの収益を上げているとされ、評価額は数十億ドルに及ぶとされるExpensifyはなぜ積極的な資金調達を行わなかったのでしょうか?
その1つの理由としては、VCが提案する「広告宣伝費をかけて収益を上げる」市場戦略が、デビッドバレットCEOの思い描く企業成長戦略と相違していたことが挙げられ、現在Expensifyの経費管理ソフトは中堅企業とSMBを中心に口コミで利用が広がっています。
経費管理市場における競合製品としては「SAP Concur」があり、経費支払いカード会社「Brex」、経費管理ソフトウェア企業「DivvyPay」も競合企業です。Expensifyは、株式での調達を2,720万ドルに抑えている近年では珍しい資本政策の企業ですが、上場時には2億ドルを調達することを目指しており、2021年に直接上場を行うのか注目が集まります。
また、上場を延期した「Roblox(ロブロックス)」や暗号資産取引所「Coinbase(コインベース)」が直接上場を検討するといった報道があり、少なくとも1つの選択肢として直接上場はその認知を拡大しています。
>>Roblox(ロブロックス)の企業分析|2021年のIPOに向けてビジネスの将来性を解説
まとめ

直接上場はプレIPO企業にとっては1つの選択肢となり、投資銀行は大きな収益減を失うことに繋がります。NY証券取引所は、10月に直接上場の実証実験に参加するよう企業に呼びかけを行うなど上場数増加に向けて積極的な取り組みを実施。
Expensify(エクスペンシファイ)など直接上場を検討する企業が存在していることから2021年にかけてもユースケースの創出が期待されます。
>>AI/機械学習のプレIPO企業2021|サイバーセキュリティ・データ分析予測銘柄
・参考文献
U.S. approves NYSE listing plan to cut out Wall Street middlemen
第643号コラム:「米国で通信品位法230条の改正が議論されているのはなぜか」
U.S. approves New York Stock Exchange listing plan to cut off investment banks
Bill Gurley says direct listing rule change will end traditional IPOs
オンラインゲームのロブロックス、米IPOか直接上場検討-ロイター
10 things in tech you need to know today
After Raising $27 Million, Expensify Founder Says VC Isn’t the Answer (And SaaS is Profitable Now)
Expensify looks to hire bank for major funding round, sources say